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“人的資本経営”の今と未来

~人的価値を最大限に引き上げる企業戦略最前線~

モビリティ社会の真価を先取りした人材マネジメント改革のチャレンジ

矢野 健三氏

株式会社デンソーモビリティエレクトロニクス事業グループソフトウエア改革推進室 シニアアドバイザー

長年、自動車業界に車載システム製品・部品を供給してきた株式会社デンソー。
EV化による産業構造の変化によって、提供する価値の源泉も、モノからコトへと相対的にシフトしている。
モビリティ社会のTier1として、ソフトウエア開発力を高めるための「人材育成」の取り組みを紹介する。

※本記事は、2022年6月7日に日本経済新聞社 イベント・企画ユニット主催で行われた「日経電子版オンラインセミナー」のイベントレポートです。

自動車業界は現在、大きな変革の渦中にある。クルマが社会とつながることで、これまで個人の所有だったクルマが、社会インフラに組み込まれた移動とサービスへと拡大し、価値の源泉もモノ(ハード/リアル)からコト(ソフト/サイバー)へと相対的にシフトしている。

また、環境意識の高まりから、EV化に向けて各国の方針とインセンティブが展開している一方で、技術、エネルギー供給、雇用問題など、産業構造や社会インフラに関わるような非常に大きな課題が内在しているのだ。

「大きな産業構造の変化、いわば地殻変動がゆっくりと、しかし着実に進行しています。これらは社会全体で取り組んでいかなければならない課題です」

社会の変化とは、価値観の多様化だ。もちろん、クルマの位置づけも変化する。高度なインテリジェント化のためのさらなる進化が、さらには社会インフラの一つとしてノード化が求められている。

「モビリティ社会全体をひとつのエコシステムと考えると、そのアーキテクチャーに組み込まれるノードとしてのクルマには様々なセンシング機能、アクチベーション機能があり、これらが社会の一部に組み込まれていくことをイメージしています」

その中でデンソーが目指す理想像は「人が幸せを感じられるモビリティ社会」である。キーワードは“つなぐ”。

“クルマの中”をつなげ、“クルマとクルマ/OEMとOEM”をつなげ、そして“クルマと社会”をつなげる。その基盤となるのは、環境への配慮はもちろん、確かな技術や品質から生まれる安心感や共感だ。

「デンソーはモビリティ社会のTier1として、車載品質のシステム構築力をコアにモビリティ社会を支えるシステムの実装を実現し、誰とでも、いつでもつながっているという、新しい価値を提供します」

様々な社会問題の解決に向けて、多様な価値をスピーディーに生みだし、社会システムに実装させるためには、デンソーグループ全体のソフトウエア開発力の向上が必須であると矢野氏は言う。

「ソフトウエアを基軸とした新しい競争優位性を獲得するために、あるいは継続的に成長するためには、ソフトウエアをはじめとした新しい事業戦略、またそれを支える組織、技術、人材、風土の5つの柱に着目して改革を推進しています」

なかでもソフトウエア分野における“人材育成”で重要なのは、「一人ひとりのキャリアをしっかりとオーナーシップをもって高めていくこと」と言う。そのためにデンソーは以下のキャリアイノベーションプログラムを掲げている。

左上の“ソムリエ認定制度”は保有スキルを共通の物差しによって客観的に認定する制度。これにより自身の能力の把握が行われ、右上の“リカレントプログラム”では座学を中心とした継続的な学びの支援が行われ、必要な知識の獲得に寄与する。

右下の”アサインプロセス“では獲得したスキルや知識を活かすべくキャリア志向と活躍の場のマッチングが行われ、最適な活動機会の獲得をもって、より上位のキャリアへのチャレンジが可能となり、左下の“バティ制度”では上位のプロフェッショナルが寄り添いながら現場での指導が行われ、実践スキルの獲得が行われる。

「どのような役割がこれからの新しいデンソーの取り組みに必要か、その役割の定義。さらにそこから必要な能力を逆算してマップ化し、これを軸にキャリアを磨きながら専門性を評価した認定制度を設けています。IT業界などのベンチマークも考慮しながら、世界標準を見据えて7段階に設定しています」

この4つのプロセスを繰り返すことで、自らキャリアを描き、学び続けるサイクルが可能となる。

さらにデンソーのキャリアイノベーションプログラムの中心として最も重視されているのが、上司や専門家がデータに基づいてキャリア開発を支援するキャリアプランデスクであり、それを支えるのが人材情報のDX基盤だ。

その理由は、ビジネス環境の変化に基づいた人材マネジメントの変化にある。

「直属の上司だけによる属人的なマネジメントは、4つの理由からそろそろ限界であると判断しています。一つは、クロスドメイン領域や新規探索領域の拡大。一つは、所属組織をまたがる大規模なプロジェクトの増加。一つは、技術領域の広がりに伴うキャリアの多様化。そして、変化に対応する総合的な組織能力を向上させるためです」

これからの人材マネジメントには、事業シフトに合わせたスピーディーな人材育成やシフトが求められるだけでなく、共通言語による質・量の把握と横断的需給管理、個人の強みや思考に基づくキャリア構築と支援、さらに全体最適配置によるチームパフォーマンス向上の可視化が求められる。

個人一人ひとりの強みや志向に基づくキャリア構築の支援と、経営側の視点による全体最適な配置によるパフォーマンスの向上を見える化し、最適化する。そのためには、多面的な人材情報とデータ分析をベースにした、客観的なマネジメントが必須であり、専門家の支援と人材情報のDX基盤が不可欠なのだ。

これまでのデンソーグループ各社が保有する人事データは、下図の1階部分のようにシステムや言語がバラバラであった。現在は2階部分のようにグループ全体の人材情報を、共通システム言語で横断的に可視化する取り組みを進めている。これにより、個々の社員だけでなく、管理層や経営層にも好影響が期待できるという。

まず、個々の社員においては、人材情報の見える化によって、自分の目指すべきキャリアが明確になる

「自己データの棚卸によって、キャリア目標とスキル拡充の検討が可能になります。また、自己アピールによって、デンソーグループ全体の中で活躍の機会を獲得するチャンスも広がります」

また、社員のキャリアの一覧化により、ロールモデルを見つけて自身の具体的なキャリア目標とし、モチベーションを向上させる助けとなる。加えて、人材の保有スキルやプロジェクト経験など多面的な情報が可視化されていれば、管理層にとってもチーム能力の客観的な評価が可能になり、最適なアサインによって組織パフォーマンスの向上にもつながる。

組織やチームの戦力分析による適切な技術者のアサイン、さらにデンソーグループ全体の技術者ニーズに基づいた部下の育成や配置が可能です」

経営層から見ても、事業と人材育成の連動は人材ポートフォリオの需給ギャップ分析にとって有効だ。高度技術者のリストがあれば、グループ会社のどこにどのようなスキルを持った人材がいるかが一目瞭然となり、戦力分析に役立つ

中長期の事業戦略に対してのリソーセス戦略、つまり需要に対して供給できる保有リソーセスが明確であれば、ギャップ分析をスピーディーに行うことができる。そのうえで、社員の成長、戦略や戦力分析による最適な配置判断は、社員のパフォーマンスを向上させ、エンゲージメント強化にも寄与する。さらには人材ポートフォリオに基づく需給ギャップ分析により、育成や強化施策へと展開できる。

人材の最適配置の判断や育成強化策を、経営視点でマネジメントする。このようなスキームを、現場に丁寧に説明し理解を得ながら展開していく必要があります。現場が喜ぶようなシステムになって、初めて変化が現れます

デンソーの新たな人材マネジメント改革は、まだ始まったばかりだ。これからの人材マネジメントは経営層にとって、効果的なワークフォースプランニングを可能とするようなスキームでなければならない。さらに言えば、そのスキームには現場の意見や視点を取り入れたものでなければならない。

内側から組織の意識を変える、企業カルチャーの変革につながる、そのような世界観を目指して、デンソーは一層の改革推進に挑んでいる。

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