【セミナー報告】 AIエージェントで日本の人事はどうなるのか? ―米国HR Techカンファレンスから読み解くHRの未来―

2025年12月、東京都港区にあるプラスアルファ・コンサルティング本社で、「AIエージェントで日本の人事はどうなるのか?」をテーマにしたセミナーが開催された。
このセミナーでは、米国ラスベガスで開催された世界最大級のHRイベント「HR Technology Conference & Exposition 2025」に現地参加した専門家の講演と、人事領域の最前線で活躍するトップランナーたちによるディスカッションが行われた。
AIエージェントをはじめとするテクノロジーの進化は、人事領域にどのような変革をもたらすのか。そして、新しい時代に求められる人事の役割とは、どのようなものなのか。本記事では、講演とディスカッションの内容を一部抜粋してレポートする。
【講演】現地参加者によるHR Techカンファレンス詳細レポート
講師 永島寛之氏(トイトイ合同会社 代表)
労働投入量の削減だけではなく、いかに付加価値を増やすのか
永島氏(以下敬称略):
私はもともと、ソニー株式会社でマーケティングを担当し、その後、株式会社ニトリホールディングスでグループ全体の人事責任者として人事施策に携わりました。現在は自身の会社を設立し、さまざまな企業の人材育成や組織改革、人事戦略の支援をしています。
これまでのキャリアで一貫して意識してきたのは、データに基づいた「根拠のある意思決定」です。ニトリ在籍時には採用にATSをフル活用し、教育責任者としてはタレントマネジメントシステムを導入しました。
本日は、2025年9月にラスベガスで開催された「HR Techカンファレンス2025」の現地報告も交え、AIによって人事業務が今後どのように変わっていくのかを考えていきたいと思います。
最初に、私がなぜAIエージェントに注目しているか、その背景となる現在の人事業務を取り巻く状況を見てみましょう。
現在、日本は深刻な労働生産性の危機にあります。労働生産性は、「付加価値(生み出す力)/労働投入量(かける力)」で表されますが、多くの企業は分母の「労働投入量の削減(効率化・省人化)」にばかり注力しています。しかし、本来議論すべきは、分子である「付加価値」をいかに増やすかです。
これからの人事には、社員の付加価値を最大化する取り組みが求められます。ここでAIの役割が重要になります。AIを単なる「人の代替(自動化)」として分母を減らすためだけに活用するのではなく、人の能力を10倍、100倍に「拡張」することに活用すべきなのです。
二つの基調講演から考える、AI活用の鍵と今後の変化
次に、2025年9月のカンファレンスから、象徴的な2つの基調講演の内容を簡単に紹介します。
最初には、IBMの最高人事責任者(CHRO)、Nickle LaMoreaux氏による講演「Myths, Mayhem and Monumental Moments」です。
IBMでは、人事への問い合わせ窓口を「AskHR」という一つのインターフェイスに集約し、2016年に始めた30もの個別のチャットボットを廃止しました。
導入当初は、電話やメールなどでの対応を停止したことで、人事部門に対する社員からのNPS(顧客ロイヤルティ)が一時激減したそうですが、人事として「正しい方向性である」という確信を持って施策を推進した結果、最終的には活用が広がり、NPSも大幅に回復しました。
LaMoreaux氏は、AI導入という歴史的瞬間において、新しいものに対する人々の不安や反発を理解しつつも人間が主導権を握り「人間中心の体験」をすることの重要性を説いています。
日本においても、AI活用における合意形成や感情面への配慮は、成功の大きな鍵となるでしょう。
次にご紹介するのが、著名なアナリストであるJosh Bersin氏の講演「HR Technology Disrupted: AI Has Changed The Game」です。彼は「AIはもはやツールではなく、人事の新しいOS(基盤)になった」と述べています。
この講演では、AIエージェントの登場によって、これまでの人事領域のルールや常識が大きく変わる状況を様々な角度から考察していますが、最も大きな変化は、人材の定義が「ジョブ(職務)」から「スキル(能力)」へ移行することです。これまでは、固定された職務記述書(JD)に基づいて採用・育成を行ってきましたが、これからは個人の持つ動的なスキルに基づいた配置や、社内異動(Internal Mobility)によるスキルギャップの解消が主流になります。
アメリカでは、営業担当者を物流部門へ異動させる場合、明確な合理的根拠を示すことが求められ、それなしには実現が困難です。しかし人材を「ジョブ(職務)」ではなく「スキル(能力)」を軸に定義することで、こうした異動の柔軟性が可能になりつつあります。この変化を後押ししているのが、AIの急速な台頭です。AIによる深い分析が可能になったことで、一人ひとりのスキルを客観的に把握し、最適なアサインメントを提示できる時代が来ているのです。
AIエージェントの活用と議論が必要な4つの論点
今回のカンファレンスの主役は「AIエージェント」でした。従来のAIアシスタントが一問一答のタスクをこなすのに対し、AIエージェントはゴール(目的)を与えれば、自律的に複数のステップを計画・実行します。
AIエージェントが複雑な業務を代行する世界では、「何を達成したいのか」というゴールの設定能力が問われます。これからの人事担当者は、作業に追われるのではなく、戦略や目標設定に時間を使う必要があります。
今後の人事領域において考えるべき論点は以下の4つです。
1.ジョブからスキルへ(組織の最小単位の変化)
2.タレントインテリジェンスの世界(AI主導のデータ活用)
3.管理職が主役になる時代へ(マネージャーのエンパワーメント)
4.人事のこれからの役割です(価値の創出者への転換)
【パネルディスカッション】
専門家が徹底討論!日本の人事はこれからどう変わる?
講演に続き、パネルディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。
■参加パネリスト
永島寛之 氏 トイトイ合同会社 代表
高倉千春 氏 高倉&Company合同会社 共同代表
鈴木一弘 氏 株式会社LIXIL Leader,Human&Resources,Global People Services&HR Digital
甫坂将 氏 株式会社プラスアルファ・コンサルティング 執行役員
■進行・モデレーター
藤元健太郎氏 D4DR株式会社 代表取締役
AI導入でオペレーション業務の削減、権限移譲は進むのか
藤元:最初に、AI活用における人事業務の変化について、特に業務効率化の現状について伺えますか。
鈴木:現在、人事業務の大半がオペレーションではないかと思いますが、AIですべてを自動化できる段階には至っていません。1から10まであるオペレーション業務のうち、1から2、2から3という段階までは進んでいますが、ゴールだけを伝えて完結させるには、AIの精度と人間側の信頼の両面でまだ課題があります。
永島:同感です。導入したAIが、「分母(労働投入量削減)」と「分子(付加価値向上)」のどちらを目的にしているのかを明確にする必要があります。人の能力の代替なのか拡張なのか、そこを意識した意思決定が欠かせません。
高倉:私はかつてファイザーやノバルティスファーマという外資系企業に勤めていましたが、外資では20年以上前から、既に人事はオペレーション業務から脱しており、社員それぞれが自分のデータは自分で管理する形になっていました。日本の人事がもっと戦略的役割を担うためには、オペレーション業務をAIや現場へ手放していく覚悟が必要です。
甫坂:永島さんが講演で挙げた「管理職が主役になる時代」という点に関し、今後、人事から現場の管理職への権限移譲をどのように進めるべきでしょうか。
高倉:日本企業は、現場のマネージャーに人事オペレーション業務をあまり渡していません。
一方、海外企業では、人事データは社員自らが管理し、その適否を判断するのは人事ではなく直属の上司です。そして、採用権限や報酬決定権を持っているのも、直属の上司です。この経験が、現場マネージャーの経営視点を鍛えるのではないかと思います。こうしたギャップがAI導入によって改善されていくことに期待します。
鈴木:LIXILでは現場管理職への権限移譲を進めたのですが、その結果、現場が「縦横無尽」に動くようになる中で、いかに会社として戦略的統制(ガバナンス)を保つかが今の大きな悩みです。
求められる「人間は何をするのか」という視点
藤元:次に、どのような業務・役割がAIに向いているのか、というテーマについて伺います。海外の動向をご覧になっている永島さんは、どのようにお感じになっていますか。
永島:2025年5月にワシントンで開催されたATD(Association for Talent Development)でも、「AI時代に人間は何をすべきか」が大きなテーマでした。特に「フィードバック」や、個人の動機付けを行う「ストーリーテリング」といったセッションが満席だったのが象徴的でした。
例えば動機づけについては、AIからもらった言葉は忘れがちですが、人間からもらった言葉はなかなか忘れない。その違いがあると思っています。
鈴木:AIに頼りすぎると、人間が思考を停止し、AIの回答を盲信してしまう恐れがあります。AIが提示する回答は、あくまで「一つの代替案」に過ぎないという認識を育む教育が不可欠です。
当社では、評価のキャリブレーション(評価者ごとの評価基準のズレなどを調整し統一を図るプロセス)にAIを導入し、「別の視点や解釈もある」という形での活用を模索していますが、課題は少なくありません。評価が低い人へのフィードバック時に、「AIが言っているから」と責任を回避する傾向が見られる可能性があります。AIの判断を絶対視してしまえば、本来の目的から逸脱した「悪い使い方」に陥ってしまいます。
現状では、AIが比較的抽象的な表現で「〜だと思います」と出力しただけでも、それを鵜呑みにしてしまうケースが散見されます。活用する側には、プロンプトに含めるべき要素を明確化する、AIの出力を批判的に吟味し客観的に判断するといったリテラシーを高め、真に効果的な活用を実現することが求められています。
高倉:今のお話は極めて重要な論点だと思います。現在、「AI人材の採用」を希望する企業は増加していますが、海外企業に話を聞くと、多くが採用基準にAIリテラシーを明確に位置づけています。具体的には、AIの出力を客観的に評価・検証できる能力が必須条件とされ、それができなければ採用対象から外れます。加えて、どのような価値を創出し、どのようなビジョンを持って組織に貢献できるかという主体的な思考力も重視されています。これらは、AIには代替できない人間固有の能力です。さらに、永島さんがご指摘のように、人間的なコミュニケーション力への要求も高まっています。興味深いことに、「AI人材に求められる素養」を尋ねると、心理学や哲学系といった人文系の素養を持つ人材という回答が返ってくるのです。AIの活用が進展すればするほど、むしろ人間の本質的な能力の価値が際立ってくるのではないでしょうか。
藤元:今ご指摘頂いたような評価やフィードバックのプロセスにおいて、タレントマネジメントシステムは、どのようにAIを活用すれば、その価値を最大限に引き出せるとお考えでしょうか。
甫坂:評価へのAI活用の一環として、上司がフィードバックを行う際に、AIがサポートする機能を試験的に導入しましたが、内容自体は適切でも言い回しに課題があるなど、皆さんがご指摘されたような難しさを実感しています。
そこで、現在取り組んでいるのが、AIが直接部下にフィードバックをするのではなく、上司が部下と評価面談を行う前に、AIとロールプレイできる機能です。
実は、タレントマネジメントシステムに蓄積されたデータから、多様なペルソナを容易に生成できます。例えば、若手管理職を抜擢した際、部下全員が年上という状況が生まれ、ベテラン社員へのフィードバックに苦慮するケースがあります。先日、お客様と対話する中で興味深かったのは、ロールプレイに役立つペルソナの話題になった時に、「横文字を多用すると不快感を示すペルソナを設定してほしい」というリクエストを頂いたことです。論理的な正しさとは別に、実際の人とのコミュニケーションには人間関係特有の難しさが存在します。こうした要素を加味したペルソナを用意することで、事前に多様なシチュエーションでフィードバックの練習を重ね、経験値を積む――そうしたAIの活用方法にも大きな可能性があると感じています。
まとめ
生成AIや自律的なAIエージェントの進化により、AIの発展は加速度的に進んでいる。人事領域においても、今後ますます活用が広がることに疑いはない。人事の仕事は「管理」から「戦略的な支援」へと劇的に変化する。人事は「付加価値を守る側」から「創る側」へと転換し、現場の管理職をエンパワーメントすることで、組織全体の生産性を引き上げていく役割を担う。
新たなテクノロジーを明確な目的意識を持って戦略的に使いこなし、人間にしかできない役割で価値を創出していく――本セミナーでは、こうした重要な論点について、各登壇者の専門領域から多くの示唆に富んだ知見が共有される場となった。