マーケティング部門のノウハウを人事部門に移植できるか


マーケティング部門のノウハウを人事部門に移植できるか

部署間の連携は、企業の経営課題としてよく俎上に上るもの。HRテクノロジーを活用するに当たっては、人事部門とマーケティング部門の連携が必要になる場合が往々にしてあります。HRテクノロジーとは、「マーケティング部門が顧客に対して適用している技術を人事部門が社員に対して適用できるようにしたもの」という側面があるからです。では、現状、人事部門とマーケティング部門はどこまで連携できているのでしょうか?『人事白書2018』(株式会社アイ・キュー運営『日本の人事部』発行)をもとに、探ってみました。

人事と他部門の連携が万全なのは0.9%

今回、分析するのは、『人事白書2018』のなかでHRテクノロジーについて調査した部分です。人事部門・人事相当部門に所属する、314社の331人が回答しています。そのなかで「人事部門が、他部門のデータサイエンティストやエンジニアと連携してデータ分析やテクノロジー活用に取り組んでいる」という、興味深い設問があります。この項目にについて、「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」「どちらかといえば当てはまらない」「当てはまらない」「わからない」の5つの選択肢のなかから回答してもらっているのです。
━【調査概要】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
調査対象:『日本の人事部』正会員
調査期間:2018年4月2日~4月23日
調査方法:Webサイト『日本の人事部』にて回答受付
属性 :人事部門・人事相当部門に所属
回答数 :331人(314社)
調査内容:HRテクノロジーの活用と今後の予定
[設問]貴社のHRテクノロジーについての意識や体制についてそれぞれ当てはまるものをお選びください。「人事部門が、他部門のデータサイエンティストやエンジニアと連携してデータ分析やテクノロジー活用に取り組んでいる」
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(1)当てはまる
(2)どちらかといえば当てはまる
(3)どちらかといえば当てはまらない
(4)当てはまらない
(5)わからない
「人事部門と他部門が連携している」と断言した、つまり「当てはまる」を選択したのは0.9%。1%を下回ってしまうという結果になりました。「どちらかといえば当てはまる」という回答を加えても、12.1%でした。つまり、連携できている企業は全体の1割そこそこだということです。
これに対して、「どちらかといえば当てはまらない」「当てはまらない」の合計は83.4%。大部分の企業で、人事データの分析などについて人事部門と他部門とが連携することはないわけです。
では、企業規模別にわけてみると、どうなるでしょうか。「『当てはまる』と『どちらかといえば当てはまる』の合計」 vs. 「『どちらかといえば当てはまらない』と『当てはまらない』の合計」の数値を以下に示します。
●従業員数1人~100人
9.0% vs. 83.1%
●従業員数101人~500人
14.0% vs. 82.0%
●従業員数501人~1,000人
7.7% vs. 88.0%
●従業員数1,001人~5,000人
8.6% vs. 88.0%
●従業員数5,001人~
22.2% vs. 73.3%
さすがに従業員5,000人超の大企業では、「連携できている」が2割を宇和間回っていて、ほかよりは高い数字になっています。とはいえ、5,000人超の大企業でさえ、7割が「連携できていない」のが現実なのです。
『人事白書2018』の別の調査で、「人事部門にデータ分析担当者を置いているか」も調査しています。この設問に肯定的な回答を寄せたのは16.9%でした。「他部門と連携しているか」という設問よりは多いですが、やはり2割を切っています。つまり、大多数の企業では、人事部門にデータサイエンティストはおらず、ほかの部門にデータサイエンティストがいるとしても、連携はできていないのが現実だ、ということです。

人事業務は「理系の仕事」になる!?

HRテクノロジーを活用するうえで、人事部門と他部門との連携が必要になるのはどうしてでしょうか。それは、テクノロジーの活用においては他部門、とりわけマーケティング部門のほうが、人事部門よりもはるかに先へ進んでいるからです。マーケティング部門のもつ知見やノウハウを人事部門に移植することが、HRテクノロジー活用の早道なのです。
ITの発達は、それまでどちらかといえば文系の仕事だと思われていたマーケティングの世界を一変させました。すべてデータにもとづいて判断する、理系の仕事になったのです。多くの企業がデータサイエンティストをマーケティング部門に配属しようとして、人材争奪戦が激しくなっているほどです。HRテクノロジーを活用するということは、現代のマーケティング分野のノウハウを人事分野に活かすということです。
たとえば、どんな属性の顧客がどんな経路を通って自社の商品・サービスにアクセスし、なにが決め手となって購入に至ったのか。データ分析によってこれを把握し、新たな顧客開拓のための打ち手を立案する。このプロセスを人事分野に応用すれば、採用の精度を高めたり、育成の効果を高めたりできるはずです。あるいは、「どんな属性の顧客が、どんなプロセスを経て取引をやめているのか」を分析し、顧客の離脱防止につなげるテクノロジー。社員の離職防止に応用することができるでしょう。
従って、HRテクノロジーを活用するには、マーケティング部門と人事部門を連携させることが、経営上、不可欠な施策になってくるのです。しかし現状、それができていないわけです。

人材の活躍が競合優位の源泉になる

マーケティング部門と人事部門を連携させるには、いくつか問題があります。まず、データへのアクセス権の問題。マーケティング部門のスタッフも社員であり、彼・彼女ら自身を含む、全社員の情報にアクセスさせてよいか、ということです。さらに、データサイエンティストやエンジニアは、人事独特の用語や業務プロセスにうといという問題もあります。そしてマーケティング分野におけるデータサイエンティストの業務は、企業が競合に打ち勝つための核心的な仕事。ただでさえ多忙なのに、人事データまで手を広げることが可能なのかという、きわめて現実的な問題もあるのです。
しかしこれらの問題は、データのとりあつかいルールの設定や業務の割り振りの見直しなどで、解決できないことではないでしょう。部署間の連携に支障をきたしたとき、それをとりもつのは経営層の仕事です。トップが意思をもって連携させようとすれば、必ず実現できるはずです。
商品・サービスの差別化が困難な時代、多くの企業が「人で競争に勝つ」ことを目指し始めています。より優秀な人材をより多く集め、より活躍してもらい、より長く働いてもらう。それに成功した企業が競合に勝てる。そういう考え方です。これを実現する武器こそ、HRテクノロジーです。競争優位の源泉をつくりだすためにも、「人事部門とマーケティング部門の連携」を優先課題として取り組むべきではないでしょうか。