HRテックで経営戦略の質を高めた企業は“1.5%”の現状


HRテックで経営戦略の質を高めた企業は“1.5%”の現状

「HRテック」という言葉が世に出て数年。しかし、「日本企業を大きく変える新技術」との期待を集めて華々しく登場したものの、いまのところ大きな成果は上がっていないように見えます。なにが原因なのでしょう。そのヒントを探るのに、かっこうのテキストを見つけました。『人事白書2018』(株式会社アイ・キュー運営『日本の人事部』発行)。従業員数が5,000人を超える大企業も100人以下のベンチャー企業も幅広く対象にアンケート調査を実施し、人事担当者を中心に300人以上から回答を得ています。この統計をもとに、HRテックが活用されない理由を分析してみました。

半数以上が「HRテック活用の予定もなし」

今回、分析の対象にした統計は、『人事白書2018』のなかでHRテクノロジーについて調査した部分。人事部門・人事相当部門に所属する、314社の331人が回答しています。人事業務に携わるエキスパートたちが、いま、HRテクノロジーをどのように活用しているのか、もしくは活用しようとしているのか。最前線がわかるデータです。
━【調査概要】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
調査対象:『日本の人事部』正会員
調査期間:2018年4月2日~4月23日
調査方法:Webサイト『日本の人事部』にて回答受付
属性 :人事部門・人事相当部門に所属
回答数 :331人(314社)
調査内容:HRテクノロジーの活用と今後の予定
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[設問]貴社では、以下の各分野でHRテクノロジーを活用していますか。または活用する予定がありますか。活用している場合は成果が出ましたか。それぞれお選びください。
(1)戦略立案
(2)採用
(3)異動・配置・昇進
(4)育成・研修
(5)評価・組織サーベイ・従業員満足度・エンゲージメント向上
(6)リテンション・モチベーション・退職
(7)健康管理・メンタルヘルス
(8)リモートワーク・働き方
(9)労務管理・報酬・人件費管理
(10)社内コミュニケーション
(11)業務効率化
(12)その他
いずれの分野においても、「HRテクノロジーを活用している」「活用の予定がある」という回答の合計は過半数割れ。つまり、半分以上の企業で「活用していないし、活用する予定もない」「わからない」というのが、HRテクノロジーにかんする現状でした。
なかでも「戦略立案」分野への活用は低調でした。設問にある12の分野のうち、「HRテクノロジーを活用している」「活用の予定がある」という回答の合計は最低。わずか18.1%に過ぎません。「いま、活用しており、成果が出ている」と答えたのは、実に1.5%です。圧倒的多数の企業で、HRテクノロジーを戦略立案に役立てることができていない実態が浮き彫りになっています。
では、そもそもHRテクノロジーは戦略立案の役に立たないモノなのでしょうか。そんなはずはありません。「企業は人なり」といいます。売上を上げるのも、新規事業を立ち上げるのも、業務を効率化してコストを削減するのも、金融機関や投資家からお金を引き出すのも、すべては人の仕事。人材が活躍している企業が競争に勝ち残るのです。
その「人材が活躍している状態」を、データにもとづき、科学的手法を用いて実現するのがHRテクノロジーです。これは経営戦略そのものといえます。とすれば、戦略立案にこそ、HRテクノロジーが活用されてしかるべきでしょう。

働き方改革のもたらした影響

ではなぜ、正反対の結果になってしまったのか。それは、12の分野のなかで、「HRテクノロジーを活用している」「活用の予定がある」という回答の割合がいちばん多かった分野をみればわかります。「業務効率化」でした。つまり、人事に関連するさまざまな業務における負荷を減らし、より速く業務を回せるように、HRテクノロジーを活用しているのです。
「業務効率化にHRテクノロジーを活用している」は13.3%。「戦略立案」のおよそ5倍です。「これから活用する予定だ」との回答を見ても、「業務効率化」の35.0%に対して、「戦略立案」は15.4%。比較にならないといえます。半数近い、48.3%が「HRテクノロジーを活用している」「活用の予定がある」と回答。HRテクノロジーを「業務効率化」へ活用することに、日本企業が積極的に取り組んでいる状況がうかがえます。
その背景には、国が旗を振って推進している「働き方改革」があるのは間違いないところでしょう。従業員の長時間労働を削減し、生産性を向上させていくことが、企業に強く求められています。企業内で「働き方改革プロジェクト」推進の中核を担うのは、人事部門のスタッフであるケースが非常に多い実態があります。「いま抱えている業務に忙殺されているのに、とても働き方改革にまで手が回らない」。そう人事部門から悲鳴のような声が上がってきたとき、経営陣としては人事の通常業務の負荷を減らすための手を打ちます。それが、HRテクノロジーの導入なのです。
採用管理システムを導入し、システム上で応募者のレジュメを管理する。RPAを導入して、給与計算の仕事を代替させる。社内コミュニケーションのシステムを導入し、社員アンケートをシステム上で実施・集計できるようにする──。こうしたHRテクノロジーの導入によって、人事スタッフの業務負荷は大きく軽減されます。つまり、まず人事スタッフの「働き方改革」を先行して実現。それによってできた時間的余裕を使って、全社的な「働き方改革」を推進するというわけです。これはこれで合理的な施策といえます。
でも、まず人事部門の業務効率化のためにHRテクノロジーが活用されたことは、この最新技術のベネフィットを日本企業が最大限に享受するうえでは、問題があったかもしれません。「HRテクノロジーは人事部門の業務効率化のためのもの」という、誤ったイメージが浸透してしまったからです。戦略立案へ活用している企業がごく少数にとどまっているのも、このイメージに起因するところ大といえます。

経営支援ツールとしての理解促進を

本調査では、HRテクノロジーを「活用していない、予定もない」と回答した企業に、なぜ活用しようとしないのかを聞いています。目立った回答には、「経営層の理解がない」というものがありました。おそらく、少なからぬ経営層が「HRテクノロジーは、人事という、会社のなかのいち部門の業務を効率化するためのツールだ」という先入観をもっているのでしょう。
しかし本来、HRテクノロジーは人材戦略という、経営戦略のなかのコアになる部分を支援するツール。自社の競合優位の源泉をつくりだすものです。この認識を経営陣に広めていかないと、HRテクノロジーの普及は進まないでしょう。このままでは、日本経済全体が、ますますグローバル競争から脱落していきかねません。経営支援ツールとしてのHRテクノロジーの活用が急務なのです。