人的資本投資の概要について解説
人的資本投資という言葉の意味や概要を理解することが、企業の将来を変えるための第一歩です。以下では、人的資本投資の基本について解説します。
人的資本投資の意味
人的資本とは、社員のスキル・業務への特性などに価値を見出し、企業にとっての資本として捉え直す考え方を意味します。企業という組織における人材の価値を明確化し、無形資産とすることが人的資本の基本です。そういった人的資本に投資することを「人的資本投資」と呼びます。人的資本への投資により、個人の生産性向上やスキルの育成、企業の成長といったメリットが期待できます。
人的資本に含まれる要素
人的資本投資および投資対象には、さまざまな要素が含まれます。例えば個別の社員が持つ能力、人材の雇用・成長によって向上する生産性、業務を継続するための安全性や健康、ダイバーシティなどが人的資本投資の対象として当てはまります。
このような要素に積極的に投資し、社員と企業価値を高めるのが人的資本投資の基本的な姿勢です。企業によって優先して投資すべき対象・要素は変わるため、自社の現状や課題を把握した上で投資先を選択するのが重要となります。
人的資本の歴史
人的資本は、18世紀に経済学者のアダム・スミスによって提唱されたものが起源とされています。企業の資本における1つの要素に人的資本が定義され、その後もさまざまな経済学者によって研究が進められているのです。
人的資本投資自体は新しい考え方ではなく、むしろ長い歴史を持つ概念となっています。
人的資本と人的資源の違い
今までは、人材のことを「人的資本」ではなく「人的資源」と呼んでいました。人材を無形資産として認識する人的資本とは異なり、人的資源は人材を消費する資源と捉える考え方です。
人的資源という考え方では、人材はあくまでもコストであり、できるだけ少ない人数で回すのがよいとされています。しかし現在は、企業間の競争力や持続性を判断するためには人材が重要であり、人材にかかるコストは将来への投資だと考えられるようになりました。
人的資本と人的資源は人材に対する考え方が根本的に異なるため、その違いを正確に理解しておくことが人的資本投資を実践する際には重要です。
人的資本投資が重要視されはじめた3つの理由
人的資本投資が重要視されていることには、さまざまな理由があります。
人材の流動性が高まっている
近年は時短勤務やリモートワークといった働き方の多様化や転職市場の活性化などを理由に、人材の流動性が高まっています。終身雇用が当たり前でなくなり、必要なスキルや経験を持つ人材をピンポイントで採用するジョブ型雇用も普及しているため、人材を確保するための環境づくりが重要視されるようになっているのです。
また、シニア世代の人材・外国人労働者の雇用やさまざまな働き方をする人が増えていることから、「個」の活用が必要という考え方が広まっています。
そこで人的資本投資を実践し、人材を会社の資本として確保する動きが活発化しています。人材の流動性が高まっている今だからこそ、簡単に転職・離職されないように、自社へのエンゲージメントを高めて定着を目指すことが重要視されている点も、人的資本投資が注目される理由の1つです。
無形資産の重要性が高まっている
企業の価値は、モノやお金といった有形資産とブランドや人的資本などの無形資産で決定します。これまで企業の市場価格はおもに有形資産で構成されていましたが、現在は無形資産へと移行しつつあります。
その理由は、人的資本が企業の価値・競争力の向上につながるからです。無形資産のなかでも人的資本は企業の競争性向上のために欠かせない要素であり、人的資本の価値が高いほど競争性が高い企業だと評価されます。実際に投資の世界では、各企業の人材戦略や人事施策などの無形資産を投資判断の指標とする傾向が高まり、情報開示が企業に求められています。
従来の日本では人的資本投資が軽視されていた
日本では終身雇用制度や年功序列による出世制度が基本だったため、人的資本投資が注目されない状況が長く続き、未だに海外と比べると人的資本への投資額は低いままです。
しかし現在は人的資本投資に注目し、人材への投資に力を入れる企業が増えています。従来の雇用制度が崩壊しつつある現代社会の状況が、人的資本投資を重要視する企業を増加させる結果につながっていると考えられます。
人的資本投資における情報開示の5つの動向
人的資本投資について知る際には、情報開示に関する詳細を理解することも重要です。
海外では人的資本の情報開示が義務化されている
ヨーロッパでは2017年以降、アメリカでは2020年8月以降から人的資本の情報を開示することが義務化されています。この流れはステークホルダーおよび投資家にとって、人的資本が重要視されていると判断する理由となっています。
日本でも人的資本投資に関する情報開示の流れが活性化され、2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改定の際に、人的資本の項目が記載されました。2022年6月には内閣府から「経済財政運営と改革の基本方針2022」が発表され、非財務情報の開示ルールが策定されています。
人的資本の開示におけるガイドラインが定められている【ISO30414】
日本における人的資本投資は、ISO30414を基準としたガイドラインで情報開示が行われています。ISO30414とは、2018年に制定された情報開示の国際的なガイドラインです。このガイドラインを基準とするため、国内だけでなく世界の投資家に対しても自社の人的資本情報を開示可能です。
人的資本投資の基準となるISO30414は、11領域49項目で構成されています。具体的には、以下の内容が盛り込まれています。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 組織の健康・安全・福祉
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者育成
- 労働力確保
上記の内容で構成され、それぞれの領域に対して複数の項目が付属する形になっています。
ISO30414は企業が率先して対応すべきものとして注目され、HR情報を開示する方法や自社を構成するデータの収集と分析を進めることが、今後の課題になると予想されます。ISO30414については以下で詳しく解説しているので、ぜひ参考にしてください。
経済産業省が伊藤レポートを発表した
2020年に発表された「人材版伊藤レポート」(経済産業省)で、国内における人的資本投資の重要性が高まりました。人材版伊藤レポートでは、企業価値の継続的な向上のためにはビジネスモデルや経営戦略、人材戦略の連動が必要であることが述べられ、目標達成のためのアプローチが記載されています。
また、国内におけるグローバル化やデジタル化、少子高齢化に加えてさらに新型コロナウイルスの流行など大きな状況の変化に対して、人材戦略や経営戦略の課題が直結する時代がきていると述べられています。これまでは、人材に関するコストをなるべくカットすることが良いとされてきました。レポートで人材は「利益や価値を生む存在」だとされており、改めてその重要性が見直されています。
参照:経済産業省「人的資本経営〜人材の価値を最大限に引き出す~」
東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改定した
東京証券取引所は、2021年6月に「コーポレートガバナンス・コード」を改定し、人的資本投資に関する情報開示を義務化しました。コーポレートガバナンスとは、企業が健全な経営や公正な判断をできるように組織の監視を行う仕組みです。人的資本投資に関する情報開示は、ステークホルダーからの信頼を得るために重要なポイントとなります。
改定によって「取締役会の機能発揮」や「企業の中核人材の多様性の確保」が盛り込まれ、人的投資やサステナビリティなどさまざまな課題の解決法が取り上げられています。
日本での人的資本情報開示について19項目が義務化された
2023年1月には「企業内容等の開⽰に関する内閣府令等の⼀部を改正する内閣府令」が交付され、人的資本に関する情報開示が義務化されました。「人材育成に関連する開示事項」や「従業員エンゲージメントに関連する開示事項」などの7分野19項目の情報開示が義務化されていますが、企業の状況に合わせて柔軟に対応できるようになっています。
現在は対象が「有価証券を発行している企業」のうちから大手企業約4,000社となっていますが、今度範囲が拡大されう可能性があるため、今のうちから人的資本のデータ化などに取組んでおくことをおすすめします。
参照:金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」
【企業側】人的資本投資に力を入れる3つのメリット
人的資本投資に力を入れることには、企業に多くのメリットがあります。以下では、人的資本投資を実践することによるメリットの詳細を解説します。
また、タレントパレットでは科学的な人事によるDX実現と、持続的な企業成長を促す人材戦略の重要性を解説しています。以下のリンクを参考に、ぜひ人的資本に関する考え方もチェックしてみてください。
※参考:いま求められる企業価値を創造する『人的資本』経営
生産性向上や国内の経済活動への貢献につながる
企業にとって人的資本投資は、生産性向上や国内の経済活動への貢献につながるメリットがあります。事業環境が激しい今だからこそ、事業を継続するためには生産性の向上が欠かせません。
積極的に人的資本投資を実践することで、利益や認知度の拡大につながり、ステークホルダーにも注目されやすくなるでしょう。また、企業のブランディングにもつながります。
さらに人的資本投資は環境・社会・企業統治を意味する「ESG投資」においても重要視される項目であるため、グローバルに事業展開をする際にも企業にとって大きなメリットとなります。
企業価値が向上する
人的資本は、企業の将来性や社会的信頼、経営状況などを判断する重要な指標のひとつです。そのため、人的資本に投資することによって企業価値の向上が期待できます。例えば人的資本投資によって新たな知識やスキルを得た社員が、新しいサービスや商品を開発することで、企業のブランドイメージや価値を向上させることができます。
また、人的資本投資により企業が福利厚生や社員の健康に力を入れていることがわかれば、社会的評価や社会的信頼性が高まり、結果として企業のブランディングや生産性の向上も期待できるでしょう。
さらに、人的資本投資は企業の競争力向上をもたらします。競争力が高まれば市場での評価が上がり、ステークホルダーから投資対象として認識されやすくなるというメリットもあります。
優秀な人材を確保できる
人的資本への投資には、社員のスキルアップの機会提供や働きやすい環境の整備、さまざまな人材が活躍できる制度の構築などが含まれます。そのため、積極的に人的資本投資を行えば、結果として優秀な人材の確保へとつながります。
例えば、自主的な学習やキャリア開発のサポートをするプログラムが整っている環境は、社員だけではなく求職者から見ても魅力的です。特に優秀な人材にとっては、人的資本投資が活発で成長できる環境が整っている企業は魅力的であり、注目されやすくなります。
社員のスキルアップのみならず、外部からもスキルの高い人材が新たに確保できれば、新しい価値観や知識、技術を企業に取り入れることができ、より強い組織へと成長することができるでしょう。
【社員側】人的資本投資の2つのメリット
幸福感の向上や社会人として成長する機会を得られる
社員にとって人的資本投資は、健康や安全を重視した職場で働くことによる幸福感の向上、企業から成長の機会を積極的に提供される点がメリットです。充実した環境で仕事ができると、新しいイノベーションの創出やモチベーション向上につながり、企業からの評価を高めるきっかけを得られます。
多様な働き方を行うための環境が整う
人的資本への投資が増えることで、社員にとって働きやすい環境が整備されるというメリットがあります。
具体的には兼業や副業ができるようになったり、育児や介護をしている社員への理解が進みさまざまな働き方によってフレキシブルな対応が可能になったりします。さらに社員のエンゲージメントを向上させる取り組みの一つとして、能力にあった賃上げや新たなスキル習得の機会の提供なども期待できるでしょう。
人的資本投資の具体的な4つの方法
人的資本投資を実施する際には、具体的な方法を把握するのがポイントです。以下では、人的資本投資を実施する方法を解説します。
人材情報の把握
人的資本投資をする際には、人材情報(社員のスキルや経験など)を充分に把握しておくことが大切です。現状を把握しないと、企業側が掲げている目標と現状のギャップを認識できず、適切な施策を考えることができません。
特に規模が大きい企業になるほど人材情報の把握は難しくなりますが、社員の能力の可視化は人材配置や育成プランを検討するうえで企業側のメリットとなります。人材情報をデータベース化して常に状況を把握できるようにしておけば、投資施策の効果がわかりやすくなりPDCAをまわして施策の改善にも役に立てられるでしょう。
人材情報だけではなく、社員のコンディションや退職リスクなどが分析できるシステムを導入すると、より適切な施策を検討できるのでおすすめです。
リスキリング
リスキリングとは、事業環境の変化により業務で必要とされるスキルが大きく変化するときやキャリアチェンジをする際に対応できるよう、新しいスキルや知識を習得することをさします。ビジネスにおいて経済情勢の変化や技術の進歩などで対応が迫られるケースが多いため、社員のリスキリングは欠かせません。特にデジタル人材不足である今、デジタルに関するスキルや知識を習得するリスキリングが注目されています。
具体的にリスキリングには、オンラインで学習ができる環境や社内研修プログラムを整えて教育体制を整備する方法があります。さらにリスキリングに成功して成果が出た社員にインセンティブを与えることでさらに学ぶ意欲が高まり、仕事に対するモチベーションの向上も期待できるでしょう。
リカレント教育
リカレント教育とは、社会人がスキルアップやキャリアのために生涯を通して学ぶ取組みのことです。企業がリカレント教育を推奨することで、社員の新しい知識と価値観を身につけるきっかけとなり、結果として持続的な生産性の向上が期待できます。
リカレント教育の方法として、社員が仕事を行いながら学ぶ方法と仕事を離れて学ぶ方法の2つがあります。そのため、学ぶための休暇が取得できる制度や離職したあとの再就職を受け入れる制度を整えることが大切です。そのほかにも、学習費用の補助や時短勤務の許可などの施策が具体例として挙げられます。
タレントマネジメント
タレントマネジメントとは、人材情報を採用や配置、育成などに活かして社員のパフォーマンスの最大化をめざす取組みです。社員一人ひとりの強みやスキルに合った育成や人材配置などが進められるため、仕事満足度やエンゲージメントの向上が期待できます。
タレントマネジメントに取組むにあたって、システムを導入する企業も多いです。システムを導入することで効率よく人材情報が収集でき、データの解析やレポート化なども可能になります。
タレントパレットは、あらゆる人材情報のデータ一元化、分析をして企業の力を最大化するシステムです。人材の育成や最適配置など科学的人事でタレントマネジメントを実現できるので、気になる方はぜひ詳細をご覧ください。
人的資本投資を実施する際の3つのポイント
社員の能力開発・スキルアップを支援する
社員の能力開発やスキルアップの支援は、人的資本投資における基本です。企業側から積極的に能力開発・スキルアップを支援すれば、社員一人ひとりが自分に合ったスキルを磨きやすくなります。そして社員が身につけた新しいスキルを業務に応用できれば、生産性向上が期待できるでしょう。
その時代にマッチしたスキルや、自社に足りない能力を優先的に身に付けるように投資することで、効率良く成果を引き出せます。また、教育体制を階層別に設けることで、キャリアアップへのモチベーション向上にもつながります。
多様な人材が活躍できる環境を構築する
人的資本投資では、多様な人材が自由に活躍できる環境の構築にも力を入れるのがポイントです。人種、性別、経歴に捉われず、さまざまな人材がその能力を発揮して成果を出せる環境が理想となります。
そのためには社員の先入観をなくし、さまざまな人材が会社にいることを当たり前の環境とする「ダイバーシティ・インクルージョン」などの施策が必要です。
従業員エンゲージメントの向上を目指す
企業への忠誠心や愛着を意味するエンゲージメントの向上も、人的資本投資で意識すべき要素です。エンゲージメントを高めて企業の価値観と社員の目標を一致させることで、社員から主体的に事業に貢献してくれるようになるでしょう。また「社員への投資を惜しまない会社」と社員が認識することで帰属意識が高くなり、離職率の低下をもたらします。
エンゲージメントを向上させる方法として、具体的にはコーチングやキャリアカウンセリングの導入があります。知識やスキルだけではなく感情や価値観など内面からサポートをすることで、エンゲージメントの向上が期待できます。上司によるコーチングやキャリアカウンセリングもできますが、外部からカウンセラーやコーチを招いてプロに実践してもらうのもおすすめです。
まとめ
人的資本への投資は、企業の将来に大きな影響を与えます。社員との関係性を良好なものとしたり、生産性向上につながったりといった多くのメリットがあるため、人的資本投資は今後より重要視されると予想されるでしょう。まずは人的資本投資の基本と具体的な方法を確認し、将来を見据えた投資を実践してみてはいかがでしょうか。
「タレントパレット」は、蓄積された社員のデータを活用し、人的資本開示に必要な分析を実施し、必要なタイミングでいつでも確認することができます。