「科学的人事」とは何か?求められる背景と目的、その実践方法


「科学的人事」とは何か?求められる背景と目的、その実践方法

人事を取り巻く環境は変化し続けています。採用難や離職率の高さ、働き方改革による就業規則の改変など、多くの課題を抱えているのが実情です。従来のように担当者の経験に頼った人事では、対応できないこともあるでしょう。そのような中、科学的な視点を取り入れた人事を実践する企業も出始めています。本記事では、科学的人事とは何か、どのように人材を管理、活用するのか、実践方法や成功の秘訣まで紹介します。

科学的人事とは何か?導入の背景や目的

人手不足が深刻化するなか、多くの企業が新たな人事戦略を求められています。新たな人事戦略の一つとして考案されたのが、ITや人事データを活用した科学的人事です。科学的人事の導入で、マーケティングのノウハウを使った人事情報分析が可能になりました。科学的人事とは何なのか、導入の背景や目的を解説します。

1. 科学的人事とは

科学的人事とは、従来のような人事担当者の経験や勘に頼った人事ではなく、データに基づいて人材管理・活用をする手法です。人事にマーケティングの思考を取り入れ、データを活用することで人材活用をします。マーケティングの分野では「顧客を理解するため」優良顧客や解約顧客の特徴を分析しており、人事の領域でも顧客に対して行うマーケティングのように「社員を理解する」ために分析することが重要なポイントです。
タレントマネジメントの質を上げるには、使用するデータも進化させていく必要があります。そのため、従来の人事が持っている社員の経歴(キャリア)をまとめた人事データだけでは不十分で、科学的人事を実現するためには「人材データ」の活用が必要になります。「人材データ」とは、社員のマインド(適性)やスキル(技能)、モチベーションやエンゲージメントなどのエモーショナルデータを従来の人事データと組み合わせたデータの総称です。人材データを活用することで、社員のパフォーマンスを上げるためのデータ活用が実現できます。つまり、科学的人事により、人材のパフォーマンスを最大化することが可能になるのです。
エンゲージメントなどのエモーショナルデータを従来の人事データと組み合わせたデータの総称です。人材データを活用することで、社員のパフォーマンスを上げるためのデータ活用が実現できます。つまり、科学的人事により、人材のパフォーマンスを最大化することが可能になるのです。

科学的人事に向けて収集すべきデータとは

2. 科学的人事が求められる背景

科学的人事が求められる背景には、企業を取り巻く、人手不足、離職率の高さ、生産性の低さなどの問題が挙げられます。特に、人手不足の問題は深刻で、近年では倒産に追い込まれるケースも増えてきています。また、新卒者の離職率が高いことも問題です。時間とコストをかけて採用したにもかかわらず、すぐに退職されてしまうケースもあります。人が足りない状況となるなか、企業にとって働き方改革も課題です。少ない人員で利益を生むには、労働生産性の向上が求められます。しかし、日本では国民一人あたりの生産性が低い傾向が続いている状況です。
さらに、グローバル化により、従来とは異なる人事管理も必要とされています。生産性の向上、グローバル化に対応した人材の確保など、課題が山積しているのが実情です。
また、ビジネス面では、金融業界におけるフィンテックベンチャーの参入に代表されるようなテクノロジーを活用した異業種からの参入により、業界を超えたボーダレスの競争が様々な領域で起こっています。業界変動によって今後ますます新規事業創出の必要性やスキルチェンジが求められており、社員の能力を最大限発揮できる科学的人事戦略が求められています


3. 科学的人事の目的

科学的人事を導入する目的は、企業の実情によって異なります。たとえば、事業の拡大により社員が急増している企業の場合、人材データを効率的に活用する目的で導入するケースがあります。科学的人事戦略により、急速に増えた人材のスキルや適性を把握し、組織全体で人材を最適配置することが可能です。もともと社員数が多い企業でも、人事戦略の意思決定の促進や採用のミスマッチを軽減し、社員を活かす目的で導入が進められています。
製造業やシステム開発、IT関連などの業種においては、人材を戦略的に育成することが主な導入目的です。技術がめまぐるしく変化するなか、人材育成が重要な課題となっているためです。また、小売や外食、サービス業など離職率の高い業種では、離職防止目的で導入しています。そのほか、社員の仕事に対する満足度向上、経営人材育成などの目的で実践する企業も多くなっています。

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2. 科学的人事の実践方法は?課題解決のプロセス

科学的人事を導入する目的が異なれば、課題解決のプロセスも違ってきます。目的を達成するために、科学的人事を活用してどのように課題を解決していくのでしょうか。ここでは、科学的人事の実践方法として、課題解決のプロセスを紹介します。

1. 人材育成

人材育成を目的として科学的人事を取り入れた場合、社員のスキルを把握することが最初のステップです。社員一人ひとりのスキルを見える化するためには、まずスキルを分類することから始めます。そのうえで、個々のスキルを数値化していきます。このプロセスにより、企業内で属人化し、定義のバラツキがあったスキルを標準化し、社員それぞれのスキルを見える化することが可能です。
スキルにはビジネスマナーやOAスキルなど、短期間で習得可能なスキルがありますが、一方で、業務的なスキルや会社の企業理念、価値観の理解などは長期的に育成する必要があるスキルがあります。それぞれのスキルを社員や組織ごとに分析し、研修やeラーニングなど適切な育成方法を計画していきます。育成計画を実行したら、最後にそれぞれのスキルを再評価し、スキルシートの見直しや改善を行いこのプロセスを繰り返すことで、人材育成の目的が達成できます。

2. 人材の最適配置

次に、人材の最適配置を目的として導入した場合の実践方法を紹介します。人材配置には、大きく「戦略的人材配置」と「育成的人材配置」の2つがあります。「戦略的人材配置」とは、事業で成果を出すために必要な人材を配置することです。一方、「育成的人材配置」は社員のキャリア形成を考慮したうえで行われ、一定期間で配置転換が行われるジョブローテーションも育成的人材配置の一つです。
最適な人材配置を行うためには、戦略的人材配置と育成的人材配置後の組織への影響度をシミュレーションすることが重要になります。人事異動による社員の平均年齢やスキルのばらつき、人件費の方よりなどの数値がどのように変化するのか事前にシミュレーションし、異動後ことが大切です。さらに、適性検査や将来の希望業務、専門性などのデータも含めることで更に精度を上げることが可能になります。人材の最適配置により、事業拡大を狙う場合も、社内の人材を有効に活用することができます。

2-3. 採用のミスマッチ防止

採用のミスマッチは、企業とってできるだけ避けたいことです。採用してもすぐに辞めてしまう、思ったより活躍できていないなどのミスマッチがあると、採用コストがかさみ、企業・社員にとってもマイナスになります。採用のミスマッチは人材データの活用により、ある程度防止することができます。そのためには、入社後に活躍した社員の入社時の志望動機や発言をデータとして蓄積し、傾向を読み取ることが重要です。文章解析できるテキストマイニング技術を使用することで、エントリーシートの志望動機や面談時の評価コメントとといった定性データ(文章データ)から特徴的なキーワードを抽出することができます。そうすることで、活躍人材の特徴を把握し、次年度の採用方針に取り入れるなど採用活動に活かすことができます。
さらに、内定辞退者のデータを分析すれば、自社に合わない人材の特性や傾向を把握することが可能です。入社面接の際には、適性検査を受けてもらい、適性検査の結果から、社員の類似性を把握することで、自社に最適なモデル人材を定義することができるのです。

4. 離職の防止

科学的人事は離職問題の解決にも効果が期待されています。離職の防止を目的として導入した場合、過去の離職者のデータを分析することが最初のステップです。仕事に対する満足度や将来の希望、体調や疲労度などのデータを分析し、離職者の特徴や傾向をつかみます。次に、現在働いている社員のデータを集め、離職者のデータと照らし合わせることで、離職の予兆を発見することができます。疲労度やモチベーション低下など、離職につながる傾向が見られたら、面談を実施するなどのフォローを行います。たとえば、疲労度が高い場合は、業務量を減らすことも必要でしょう。
最後に、結果をもとにして離職につながるデータの見直しを行います。また、離職者のデータをもとに、採用活動にもフィードバックすることが可能です。離職者の適性検査を分析し、入社後に離職しそうな特性を把握したうえで、採用決定の判断材料にしていきます。

5. 社員間コミュニケーションの促進

社内コミュニケーションの促進が目的であれば、まずは人材データを活用し、特定業務の経験者や専門性を持った人材情報を検索できるようにすることを目指します。規模の大きな会社では、同じ会社の社員でありながら、他部署にどんな人がいるのか把握していない場合も多くあります。人材情報が把握できると、社員間での連絡や相談がしやすくなり、情報共有や新しいアイディアの創出にもつながります。人材情報の共有は、社内だけでなくグループ会社の人材を活用するにも有効です。
さらに、業務上のデータだけでなく、趣味や休日の過ごし方などのデータも共有できます。趣味を共有することで、社員同士のコミュニケーションが活性化する可能性があります。

3. 科学的人事を成功させる秘訣とは?成功までの5ステップ

科学的人事を成功に導くには、手順を把握して、段階的に進めていく必要があります。まずは、人材データを収集し、そこから徐々に情報の活用範囲を広げていくのです。ここでは、科学的人事を成功させる秘訣として、5つのステップを紹介します。


ステップ1.情報を統合して見える化する

ステップ1は、目的に合わせて人材データと組織データの情報を統合し、見える化することです。人材データとして、社員の価値観や適性、スキル、経験などのデータを収集していきます。そして、収集した社員のデータと組織のデータを統合し、見える化していくのです。しかし、規模の大きな会社の場合、全社で実施することが難しいケースもあるでしょう。そういった場合はまず人事や総務一事業部など一つの部門から試してみて、段階的に全社へ展開していくことも必要です。

ステップ2.情報を活用する

ステップ2は、情報活用のプロセスです。最適配置や採用活動など、科学的人事の導入目的に応じた情報活用を開始します。重要なのは、まずは情報の活用を始めることです。実際に活用をしていくと、足りない情報が見えてきます。情報が足りない場合は、改めて追加で情報収集していき、情報収集と情報活用を繰り返すことで、徐々に分析の精度が高まっていくのです。ここまでのステップでは、経営層や人事が社員の情報をつかむために行われることが多い傾向があります。しかし、最終的には社員一人ひとりにもメリットがあるように、情報を活用する必要があるでしょう。

ステップ3.活用範囲を拡大する

ステップ3は、人材データの活用範囲を拡大していくプロセスです。情報分析の精度が高まってきたら、経営層や人事部門だけでなく、現場マネージャー層にまで活用範囲を広げていきます。マネージャーに人材データを活用してもらうことで、現場で働く社員のパフォーマンス向上に役立てられるでしょう。ただし、すぐに生産性の向上につながるわけではありません。そのため、現場にも科学的人事の実績や成果を発信、共有し、メリットを理解してもらうことが大切です。

ステップ4.社員のモチベーションを把握する

ステップ4は、情報開示により社員のモチベーションを把握する段階です。社員のモチベーションに関するデータを収集し、人事異動や抜擢がうまくいったかどうかを検証します。情報収集の方法の一つは、簡単にできるパルスサーベイの実施です。たとえば、退勤時に「仕事は楽しいか」「業務量が適切か」などの簡単な質問に答えてもらいます。モチベーション低下の傾向が見られたら、業務負荷の見直しや配置転換などの対策をします。このように、部下のモチベーションを把握することで、離職防止のフォローや配置の見直しなどを行うことができるのです。

ステップ5.リアルタイムでフィードバックをする

ステップ5は、データの変化に応じてリアルタイムでフィードバックをすることです。変化の激しい市場環境においては、迅速な対応が欠かせません。従来のように半年に1回の人事評価では対応が遅く、事業スピードに追いつくことができなくなります。そのため、人事部門と経営層、マネジメント層がコミュニケーションを取り、リアルタイムで組織の軌道修正を行っていく必要があるのです。迅速に軌道修正していくことで、目標達成実現の可能性が高まります

科学的人事戦略で効率的な人材活用へ

科学的人事戦略を成功させるには、まず導入の目的を明確にすることが重要なポイントです。次に、目的に応じて自社における人事部門の状況を把握する必要があります。一つずつステップを踏みながら、段階的に人材データの活用を実現しましょう。そして、リアルタイムでフィードバックしながら実績をつくっていくことで、科学的人事の成功につながります。