第1回:人的資本経営に関連する国際規格


第1回:人的資本経営に関連する国際規格

連載「グローバル視点における今後の人的資本経営のゆくえ」

HR未来共創研究所 研究員(慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師

岩本隆

ライフデザイン経営

近年、「人的資本経営」に関連して、様々な考え方が提唱されている。古くから浸透している「健康経営」や「ウェルビーイング経営」、多様な人材の個性を活かす「ダイバーシティ経営」、企業の持続可能性を追求する「サステナビリティ経営」、そして企業の存在意義を軸に据える「パーパス経営」などが代表例である。
さらに、2025年には、経済産業省から新たに、「ライフデザイン経営」という考え方も提唱されるようになった。ライフデザイン経営とは、「社員がキャリアとライフを両立し、充実したライフデザインを実現できる環境を提供することで、人材の能力を最大限引き出し、企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されている。

ライフデザイン経営

(出所)経済産業省「ライフデザイン経営とライフデザインサービスの活用・普及への期待〜ライフ・キャリアの充実をサービスで後押し〜」(2025年8月)より抜粋

広がる顕彰制度

こうした考え方が広がるにつれ、国内では、優れた形で取り組む企業・団体に対する顕彰制度も次々に整備されてきた。2014年度に開始された「健康経営銘柄」を皮切りに、2020年度にはデジタル技術による変革を推進する「DX(Digital Transformation)銘柄」、2024年度には持続可能な社会への変革を促す「SX(Sustainability Transformation)銘柄」を選定する顕彰制度がスタートした。
これらの顕彰制度は、企業のブランド価値を高めるだけでなく、優秀な人材の採用やESG(環境・社会・ガバナンス)投資を重視する投資家からの評価に直結する重要なステータスになっている。

■マネジメントシステムの国際標準化の波

こうした経営の考え方は、国際的にも高く注目されているものであり、経営の仕組み(マネジメントシステム)の国際規格開発が急速に進んでいる。
世界には様々な国際規格開発団体が存在するが、マネジメントシステムの国際規格において中心的な役割を担っているのが、ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)である。ISOは、第二次世界大戦直後の1947年に設立されて以降、様々な分野の国際規格を策定している。ISO規格といえば、製品の仕様や安全性などの基準を定めた「モノ規格」が有名であるが、他方で、組織活動を管理する仕組みについて定めた「マネジメントシステム規格」もある。ソフトウェアやサービスなど非製造業の基準を定めているのも、マネジメントシステム規格である。
マネジメントシステム規格については、ISO9001(品質マネジメントシステム)、ISO14001(環境マネジメントシステム)、ISO27001(ISMS:情報セキュリティマネジメントシステム)などの認証制度が世界的に普及している。

人的資本経営に関連する国際規格

人的資本経営に関連する国際規格開発の取り組みも、ISOの様々なTC(Technical Committee:専門委員会)で進んでいる。
国際規格開発の具体的なプロセスは、特定のテーマごとに設置されるTCに、各国の標準化団体が参加するPメンバー(Participating member:参加メンバー)によって進められる。日本は経済産業省に設置された審議会であるJISC(Japanese Industrial Standards Committee:日本産業標準調査会)が日本の標準化団体として国際規格の開発に参加する。Pメンバーになると、JISCは国内審議団体を指名し、国内審議団体は国内審議委員会を組成して、国内審議委員会で議論をしながら、TCの活動に提案や意見を述べていく。また、テーマによっては主導的な立場を取って他のPメンバーをリードする。
以下に、人的資本経営に関連する国際規格開発に取り組んでいる代表的なTCと活動概要を記す。

人的資本経営に関連する代表的なISO/TC

●       ISO/TC 260(Human resource management:人材マネジメント)
2011年に設立され、人材マネジメントの様々な領域における規格を開発している。日本は2023年3月にPメンバーとなった。株式会社HCプロデュースが国内審議団体となり、2023年4月より国内審議委員会が稼働している。筆者は国内審議委員会の副委員長を務めている。
ISO/TC 260では、人的資本報告・開示や人的資本経営のマネジメントシステムなどの国際規格開発に加え、ダイバーシティ経営やウェルビーイング経営などの国際規格開発も行っている。
 
●       ISO/TC 279(Innovation management:イノベーションマネジメント)
2013年に設立され、一般社団法人Japan Innovation Networkが国内審議団体となっている。2024年9月にイノベーションマネジメントのマネジメントシステム規格である「ISO 56001:2024」が発行され、ISO 56001の認証を取得する日本企業も増えてきている。
 
●       ISO/TC 309(Governance of organizations:組織のガバナンス)
2016年に設立され、一般財団法人日本規格協会が国内審議団体となっている。このTCではパーパス経営に関する規格である「ISO 37011.2」の開発が進められている。
 
●       ISO/TC 314(Ageing Society:高齢社会)
2017年に設立され、一般財団法人日本規格協会が国内審議団体となっている。ISO/TC 314の中のWellbeing(ウェルビーイング)のWG(Working Group:ワーキンググループ)であるWG 4において、日本が主導して、日本ならではの視点で構築された健康経営のエッセンスを抽出し、ウェルビーイング経営を推進するための枠組みを示すガイドラインを開発し、2024年12月に、「ISO 25554:2024(Guidelines for promoting wellbeing in communities:コミュニティにおいてウェルビーイングを推進するためのガイドライン)」を発行した。

■国際標準化を「自社の武器」にする視点

人的資本経営に関連する国際規格は、単に海外で決まったルールを「守らされるもの」ではない。むしろ、日本企業が強みとする「人を大切にする経営」や「健康経営」のカルチャーを世界に発信し、グローバル市場での競争優位性を確立するための「武器」になり得るものである。
次回以降の本連載では、これらの各TCで具体的にどのような議論が行われているのか、そして企業はそれらをどのように自社の経営改革や情報開示に活かしていくべきなのかを、より詳細に解説していくことにする。