【イベントレポート】スキル活用を軸とした未来志向のキャリア開発シナリオとは?

2026年5月29日開催イベント「スキル活用を軸とした未来志向のキャリア開発シナリオとは?」レポート
2026年5月29日、「スキル活用を軸とした未来志向のキャリア開発シナリオとは?」と題し、AI時代に求められる人材戦略やキャリア開発のあり方について考えるイベントが開催された。
少子高齢化による人材不足の深刻化や、生成AIをはじめとするテクノロジーの急速な進化を背景に、企業には従来の採用・育成の枠組みを超えた人材活用が求められている。そうした中で注目されているのが、個人のスキルや能力を可視化し、自律的なキャリア形成と人材流動化を促進する取り組みだ。
本稿では、HR未来共創研究所所長の藤元健太郎、株式会社デンソー ソフトウェア統括部ソフトキャリア支援室担当次長の広瀬智氏、LightUP代表の矢野健三氏、株式会社プラスアルファ・コンサルティング タレントパレット事業本部執行役員の守田康明の4名による講演を通じて、未来志向の人材戦略やキャリア開発、そしてスキル活用を支える仕組みの可能性についてレポートする。
■ 人材流動化社会に向けた人的資本プラットフォームの意義を考える:HR未来共創研究所所長 藤元健太郎
最初のプログラムでは、D4DR株式会社代表取締役社長で、HR未来共創研究所所長の藤元健太郎が登壇し、AIがさらに進化した未来から考える、人材流動化社会に向けた人的資本プラットフォームについて講演した。
AIがさらに進化する時代に、人間は何をすべきか
HR未来共創研究所は、プラスアルファ・コンサルティングと共同で設立した⼈的資本の未来を共創するためのシンクタンクで、特に「⼈事の未来」「会社と従業員の関係の未来」「個人の未来」の3つの視点に注⼒し、あるべき姿を描いている。
講演では、最初に労働市場の状況や今後の動きについて、改めて確認した。
1995年をピークに低下している生産年齢人口は減少が続き、加えて⼈⼿不⾜倒産の増加により、労働市場は売り⼿市場が常態化している。建設、介護、物流、ITなどの業界では、労働需要に対して供給が慢性的に不⾜。従来型の採⽤競争などによる人材確保だけでは解決できない深刻な状況が今後も予想されている。
こうした問題に対応するため、シニア人材やグローバル人材の活用や、フリーランス・ジョブ型・スポットワークといった柔軟な働き方を前提とした人材確保などが拡⼤しつつある。
そして、労働力不足の解決にとどまらず、ビジネスや社会の前提を根底から覆す進化を見せているのが、生成AIだ。フィジカルAIなどの進化により、AIの活躍領域はデジタル空間から現実世界へと広がり、さらに今後は全空間へと拡大していくことが考えられる。また、AIそのものの進化だけではなく、他の技術の進化を劇的に加速させることができるのがAIだ。AIの進化によって、新しいテクノロジーが、あたかもカンブリア紀の生命体の誕生のように、次々と登場する可能性がある。
AIがあらゆるシーンで活躍する時代に、人間は何をすべきか。藤元が重要だと考えているのが「バックキャスティング思考」だ。バックキャスティングでは、現在をベースに今後の成長を考えるのではなく、⻑期的な未来の構造変化や「ありたい姿」を描き、そこから現在成すべきことを逆算して決定する。こうすることで、現実の延⻑線上という制約を取り払い、⾮連続なイノベーションを⽣み出す可能性が高まるという。
人事領域に関してもバックキャスティングで考えることで、例えば今の人材がリスキリングによってどう成長するかという視点ではなく、「5年後はこういう世界を目指すから、こういう人材が必要だ」という戦略を描けるようになる。ドラスティックな人事戦略の変更がしづらい日本の企業こそ、人事戦略において長期的な視点でのバックキャスティング思考が必要だという。
「例えばパソコンの単純作業から、限定的な空間の業務、さらには全空間での業務へと、タイムラグはありながらも、AIが代替できる領域は今後さらに広がっていきます。人材戦略、人材ポートフォリオという観点で考えると、『AIがさらに進化した未来に向けて、自分たちはどう変化するべきか』というロードマップを、それぞれの企業、みなさん一人ひとりが考えるべきタイミングが来ているのではないでしょうか」(藤元)。
HR未来共創研究所が描くありたい未来の社会の姿とは
未来の労働市場に必要となるのが、人材の流動化だ。人材の流動化が進むことで、生産性の向上、イノベーションの促進、人材ポートフォリオの組み換え、自律的なキャリア形成といった、さまざまな企業価値の向上が期待できる。
HR未来共創研究所では、ありたい未来の姿として、企業の人的資本データと、個々人のキャリアやスキルデータ、さらには教育機関の生涯教育データや医療機関のヘルスケアデータなどが、オープンなプラットフォームでつながるグランドデザインを描いている。いわば、AIとデータ連携の発展によって⽣涯のあらゆる活動データが参考情報となり、人材の流動化が後押しされる世界だ。
例えばシンガポールでは、こうした動きが政府主導で進んでいる。産業変化を予測した上で今後必要となるスキルを可視化し、学び直しの費用を政府が負担。学習記録や資格取得などのデータをオンラインで連結してAIで仕事と人をマッチングし、成長産業へ人材が移りやすくなる仕組みを構築している。
またLinkedInでは、個人のスキルをオープンバッチなどで可視化し、「スキルOS」とも言えるオープンなプラットフォームをベースに、個人と企業とのマッチングを加速させている。世界中のビジネスパーソンがつながるLinkedInならではの仕組みといえる。
こうした人材の流動化が加速した社会で、より大事になってくるのが「パーパス」だと藤元は考えている。どういう人生を送りたいか、社会の中で自分はどう活躍するかといった一人ひとりのパーパスを起点に、個人と会社のパーパスを一致させる。その信頼関係にもとづいて、個人の学びを会社が支援し、ともに実践・成長・貢献のサイクルを回していく…こうした従業員と経営がともに創る人的資本が重要となる。
これまで、一人ひとりのパーパスにきめ細かく寄り添うことは、マネジメントコストなどの問題でかなりの労力が必要だったが、AIの進化によって可能となる。
人材流動化が進む未来を見据えると、企業も従来の固定的な人材活用を続けるのではなく、「自分たちの会社のパーパスを実現するためにはどういう人材が必要か」という視点で、流動性の高い人的資本経営へと転換することが必要だ。
「人的資本データをベースに、従業員と経営のパーパスを一致させることが、価値創造の原動力となります。そうした考えに基づいて社会全体を設計していくことが、今後ますます必要となるのではないでしょうか」(藤元)。
■ SOMRIE®認定制度の本質と業界展開活動の紹介:株式会社デンソー ソフトウェア統括部ソフトキャリア支援室担当次長 広瀬智氏
次に、株式会社デンソーのソフトウェア統括部ソフトキャリア支援室担当次長の広瀬智氏が登壇し、業界を横断した人材活用を目指してデンソーが開発した、ソフトウェア人材を客観的に評価・認定する「SOMRIE®認定制度」について紹介した。
Society5.0で活躍する人材を育てるために
Society5.0(サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会)が提唱され、さまざまな技術が進化する中、先端IT人材の不足は深刻な状況が続いている。2030年には約60万人が足りなくなるとされ、産業界で人材の取り合いが加速することが予想されている。
そうした中で、デンソーは「企業の成長戦略の本質は人材育成そのものであり、投資案件である」という考えに基づき、Society5.0を担う人材が、自動車産業に限らずさまざまな業界を行き来し、活躍しながら成長できる世界観を目指している。
その世界観を実現するために取り組んだのが、習得したスキルや経験を定義し、産業界全体で共通して活用できる尺度を作ることだ。それによって、スキルを持ち活躍している人材の存在を可視化し、業界を横断して流動させることが可能となり、結果として、産業界全体のソフト開発力が高まると考えている。
デンソークリエイト時代に考えた、人材開発の全体像
広瀬氏はデンソー入社翌年、ソフトウェア開発を担うグループ企業である株式会社デンソークリエイトに出向し、開発のみならず、2015年から人事制度などの改革にも携わってきた。
その中で真っ先に考えたのは、キャリアという概念をまず社員に植え付けること。日々の開発中で、仕事を進めるためのスキルアップには取り組むものの、将来自分はどうなりたいか、どこを目指して仕事をしているのかについては、ほとんどの社員があまり考えたことがなかったという。そのため、まずは目指す姿を描き、そこに向けたさまざまなキャリア開発支援ができるよう、仕組みの構築に取り組んだ。
キャリア開発支援の全体像としては、評価や昇給などの人事制度をベースとした上で、それぞれのスキルを可視化する制度を作る。そして、目指す姿とのギャップを埋めるために、知識を習得できる環境整備や、実践経験を積める配置などを行った。
現在はデンソーに帰任し、このときの経験をもとに自らキャリアを描き、学び続けることで、キャリア開発と活躍のサイクルを回していくことを目指した「キャリアイノベーションプログラム」の構築に取り組んでいる。
SOMRIE®認定制度によって、産業が元気になる社会を
デンソーのキャリアイノベーションプログラムの一つに位置づけられるのが、デンソーが開発したSOMRIE®認定制度だ。この制度とは、高度なスキルを有する人材をSOMRIE®として認定するもの。ソフトウェア人材を客観的に評価・認定することで、人材の流動性を高め、産業界全体で価値を創造する力を高めることを目指している。
SOMRIE®認定制度では、「セキュリティエンジニア」や「プロダクトマネージャー」など仕事の中での役割を抽象度高く示した役割マップと、「システムアーキテクト」や「アプリケーションスペシャリスト」などのケイパビリティ(能力)をそれぞれレベル1から7まで示した「能力マップ」を用いて、保有スキルを客観的に認定している。
例えばセキュリティエンジニアの役割を担うためには、セキュリティスペシャリストのレベル4と、ソフトエンジニアのレベル3が必要となる。ケイパビリティそれぞれの名称は固定化しながらも、技術の進化などによって、レベルを満たすために必要となる中身については柔軟に変更可能な仕組みだ。さらには、タレントマネジメントシステムを活用することで、相乗効果も見込める。
デンソーでは、SOMRIE®認定制度を活用することで、産業全体の人材の流動性を高め、さらに、SOMRIE®認定に向け個が成長することで、結果として各社が強くなり、産業が元気になる社会を目指している。
「今後は、SOMRIE®認定制度の活動に賛同するパートナー企業の皆さんと、業界横断的なオープンなプラットフォームを構築し、新たな価値を創出するソフトウェア技術者のキャリア改革を支援・促進する仕組みを構想したいと考えています。この制度を通じて、さまざまな企業、産業界に貢献できればと思います」(広瀬氏)。
■ 未来志向の人材戦略から考察する SOMRIE® の意義:LightUP代表 矢野健三氏
続いて、LightUP代表でキャリアコンサルタントの資格を持つ矢野健三氏が登壇し、どのようにキャリア視点でマインドチェンジしていくか、それに対しSOMRIE®がどのように寄与するのか、講演した。
未来志向の人事戦略の中心にあるのは「キャリア自律」
矢野氏はデンソーで電子技術者として車載電子製品の開発や設計に携わり、ソフトウェア技術者のキャリア改革、技術者のスキル高度化、多様化などを推進してきた。退社後はキャリアコンサルティングや人材開発ソリューションなどの事業を行うLightUP代表として、個人・企業向けのコンサルティング、アドバイザーなどを行っている。
矢野氏の考えるキャリア開発とは、「自分は何のために生き、どのように社会とかかわるのか」を自ら主体的に問いかけること。未来志向の人事戦略の中心にあるのは一人ひとりの 「キャリア自律」という考え方だ。スキルが高くてもモチベーションが低いと当然ながらパフォーマンスを発揮することができず、企業は、組織で働くそれぞれが生き生きと働けるようにするにはどうすべきか、という視点を持つことが大切だという。
そして、個人のキャリア自律を実現するために、企業は情報共有や機会提供などの支援を行う。その支援を受けながら、他人と過度に比較しないことや、成果だけで自らの価値を決めないこと、自分らしさに合わせた目標を達成することといった点を意識して、安心して自らの心理的成功を目指すことが、キャリア自律のゴールとなる。
さらには、企業の人材戦略そのものを変化させることも重要だ。競争環境の激化、人材不足の深刻化、組織のサイロ化などによる人材開発の限界といった、昨今の変化を考えると、現状の延⻑線上に、日本企業としてとるべき人材戦略の解はないという。
「今後は、競争ではなく業界を超えた共創、人材の奪い合いではなく現有人材の高度化・多様化やAIの徹底した活用、分業化・専門家によってサイロ化を進めるのではなく優秀な人材の流動性を活性化するなど、発想の転換が必要となります。日本企業の人材戦略は、未来志向で大きくゲームチェンジをするべきタイミングに来ているのではないでしょうか」(矢野氏)
未来の人材戦略におけるSOMRIE®認定制度の意義とは
未来の人材戦略を考えるうえで、SOMRIE®認定制度にはどのような意義があるのか。
自動車産業のスキル定義は、時代とともに品質の標準化を経て、スキルの可視化・標準化が進み、さらには、SDVスキル標準(ソフトウェア中心の車両開発を担う人材の育成と確保の効率化を目的に策定された、共通の指標ツール)に代表されるような、生み出したい価値を考えた上での能力体系に変化しつつあるという。
SOMRIE®認定制度もそこに位置づけられる一つで、未来のモビリティ社会をどのように作っていくかを考え、そのために必要となる役割マップや能力マップが策定されている。
そして、スキルアップの支援の全体像としては、個人のスキル獲得・活用・発揮・承認というスキルアップの好循環をドライブさせるために、企業は組織や上司、そして制度や仕組みなどによって支援をする。
「SOMRIE®認定制度は、一人ひとりのキャリア自律を支援し、価値創出を考えた能力体系を示す仕組みの、良い事例です。個人のキャリア自律と企業の支援がうまくかみ合うことで、個人と組織・チームの成果を最大化することができると考えています」(矢野氏)。
■ タレントパレットへのSOMRIE®認定制度支援機能の組み込みにより、期待するタレント活用の世界観:株式会社プラスアルファ・コンサルティング タレントパレット事業本部執行役員 守田康明
最後に、株式会社プラスアルファ・コンサルティング、タレントパレット事業本部・執行役員の守田康明が登壇し、SOMRIE®認定制度を同社のタレントマネジメントシステム「タレントパレット」に組み込むことで、どのような価値提供が実現するのか、紹介した。
経営のキードライバーである人材をどう活用するのか
プラスアルファ・コンサルティングは、企業のビッグデータ可視化や活用支援で得られたノウハウを生かし、タレントパレットを開発。4,800社を超える企業がタレントパレットを導入しており、同社では人事戦略にマーケティング視点を取り入れた「科学的人事」をサポートしている。
守田いわく、企業がタレントマネジメントの必要性を認識する大きなきっかけとなったのは、新型コロナウイルスだ。テレワークが開始され、それまで毎日のように出社していた社員の顔が見えなくなった。コミュニケーションが取りづらい日々が続いたことで、組織として社員一人ひとりを把握するのが難しくなり、多くの経営者が、人材を可視化する必要性を痛感したという。
講演では、タレントマネジメントを活用した人材ポートフォリオ戦略の実践事例も紹介された。
大手メーカーのA社では、経営と人事が対話を重ね、将来ビジネスモデルを成功させるためには、2030年時点でどのような人材が何人必要かを考え、現在とのギャップを算出。そして、必要となるスキルを定義し、ギャップを埋めるための育成や採用のアクションを遂行することで、目標に近づいているという。
「今のタレントマネジメントに求められるのは経営戦略と人事戦略に伴走することです。今見えている課題を解決するだけではなく、将来を見据えた上で、経営のキードライバーである人材をどう活用するのかを考えていかなければならないフェーズにあると認識しています」(守田)。
SOMRIE®認定制度やAIと連携し、創造的課題の解決を支援
守田は今のビジネス環境における課題は、「技術的課題」と「創造的課題」の二つに分けて考えることができると考えている。
技術的課題とはいわゆる目に見えている課題で、無駄なコストの削減など、オペレーションプロセスを改善するなど現在の仕組みの延長で解決していくことが可能だ。
もう一つの創造的課題とは、将来どのような問題が起きうるかという未来から設定する課題だ。創造的課題は自ら設定する必要があり、さらには解決するための正解もない。今の人的資本経営で人事担当者に求められている部分だという。
デンソーのSOMRIE®認定制度は、まさにこの創造的課題に対応するものとして構築されており、自動車産業が100年に一度ともいわれる大きな変革期にある中で、必要とされるものだと守田は考えている。
プラスアルファ・コンサルティングではこのSOMRIE®認定制度に賛同し、SOMRIE®パートナーの契約を締結。さらには、今後、タレントパレットにSOMRIE®認定制度のスキルマップを実装できるよう、準備をすすめている。
実装が実現することで、タレントパレット上でSOMRIE®認定制度をもとにしたダッシュボードなどを簡単に表示することが可能となり、あるべき姿とのギャップを可視化する人材ポートフォリオ分析や、社員一人ひとりが必要な学習メニューを表示したりできるようになるという。
また、AIエージェントの機能も実装予定で、将来的には、難しい操作が不要になったり、新規事業に求められるスキルを壁打ちしたりできるようにすることが計画されている。
「今後もタレントパレットにさまざまな機能を拡充し、SOMRIE®認定制度やAIを活かしながら、人事データ基盤として日常の業務から高度な決定までを支援していきたいと思います」(守田)。
まとめ
今回の講演を通じて共通して語られたのは、AI時代において重要なのは単なる人材確保ではなく、未来のありたい姿を描いた上でスキルや能力を可視化し、個人のキャリア自律と企業の成長を両立させる仕組みをいかにつくるか、という点だ。人的資本経営の重要性が高まる中、スキル活用を軸としながら、未来志向でどのように人事戦略を描くのか。今後の動きがさらに注目される。
講演後のワークショッププログラムにて、各グループの発表を聞く参加者