第4回:採用・配置・育成は一つの仕事になる  ―分業を完成させた米国は、なぜ統合へ向かうのか―


第4回:採用・配置・育成は一つの仕事になる  ―分業を完成させた米国は、なぜ統合へ向かうのか―

連載「人材流動化時代の人的資本経営」

前回は、人事の進化をHR 1.0(管理)、HR 2.0(戦略人事)、HR 3.0(経営人事)の3段階で示し、次は3つの「非」を実装する主体としての人事を論じると予告した。本稿は、その予告への答えである。結論から言えば、採用・配置・育成という人事の3つの機能は、HR 3.0において一つの仕事へ統合されていく。

HR 1.0(管理)HR 2.0(戦略人事)HR 3.0(経営人事)
採用・配置・育成の関係本社人事部による一体運営専門職による機能別の分業現場マネジャーを主体とした再統合
実行の主体本社人事部採用・育成・HRBPの各専門職現場マネジャー(AIが支援)
会社と社員の約束暗黙の心理的契約(長期雇用と引き換えに、転勤・異動に応じる)職務と報酬による明示的な契約意味・関係・成長の言語化(採用面接と1on1で確かめ直す)
共通言語年次と人柄職務(ジョブ)スキルと3つの「非」

人事の進化と、採用・配置・育成の関係

HR 1.0の日本 ─ 採用・配置・育成は一体で運営されていた

日本の大企業には採用課があり、教育課がある。組織図の上では分かれていても、機能としては一体で運営されてきた。職種を限定せずに新卒を一括で採用し、定期異動とOJTで育てる。配置がそのまま育成であり、その全体を本社人事部が握っていた。米国の労使関係研究者サンフォード・ジャコービィの日米比較調査(2005年)によれば、管理職の配置の責任が本社人事部にあると答えた企業は、日本の57%に対し、米国では16%にとどまる。

この一体運営を支えていたのは、長期雇用である。社員は定年まで辞めない。だから、採用で見抜けなかったものは、10年かけて異動と育成で補えばよかった。時間が、人事の誤差を吸収していたのである。

HR 2.0の米国 ─ 分業を完成させた国が、統合へ舵を切り始めた

採用と育成を、それぞれ独立した専門職として発達させたのは米国である。1997年、ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチが戦略人事を提唱し、人事をHRBP、専門家組織(CoE)、シェアードサービスに分ける形が世界の標準になった。日本企業がこのHR 2.0を本格的に取り入れたのは2010年代であり、多くの企業はいまも、その分業を完成させる途上にある。

ところが本家の米国では、分業自体を見直す議論が主流になりつつある。人事アナリストのジョシュ・バーシンは「人事の施策は、どれも単独では成り立たない」として、機能別の縦割りからの転換を提唱している。調査会社ガートナーは、2030年までに人事業務の50%をAIが担うと予測する。専門職が分け持ってきた定型業務をAIが引き受けるなら、分業という前提そのものが揺らぐ。

2026年5月のATD26(ATD International Conference & Expo)でも、この潮流をはっきりと見て取れた。「The Leadership Long Game」と題したセッションで、登壇者のTina氏は、採用、オンボーディング、評価、サクセッションを、リーダーへの一本の投資として扱うべきだと論じた。

「採用とは、リーダーシップの原材料を社内に入れる仕事である。ここで取りこぼしたものは、下流で直すしかなくなる」

むしろ印象的に残ったのは、会場にいた人材開発担当者たちの声であった。採用は自分の管轄ではない。オンボーディングも自分の管轄外だ。ある参加者は、社員一人ひとりの育成計画は誰が作っているのかと自問し、こう答えた。

「たいていの場合、誰も作っていない」

分業を完成させた国で、社員の育成に責任を持つ人がいなくなっていた。これが、HR 2.0の行き着いた先である。

暗黙の約束は、言語化するしかなくなった

会社と社員の約束を考える上で欠かせないのが、神戸大学の服部泰宏教授による「心理的契約」の研究である。心理的契約とは、会社と社員の間に存在する、文章化されていない約束を指す。服部教授は『日本企業の心理的契約』(白桃書房)で、会社と社員が互いに何を約束したと認識しているのか、その約束がどこまで履行されているのかを、実証的に明らかにした。「以心伝心」や「暗黙の了解」で片づけられてきた日本的雇用の中身を、検証できる対象に変えた研究である。服部教授が後に「採用学」を立ち上げたのも、私には心理的契約の研究の延長に見える。会社と社員の約束は、採用の時点で既に始まっているからだ。

服部教授によれば、かつての日本企業では、会社が長期雇用を保障し、その見返りに社員は転勤にも異動にも応じた。長期雇用という根幹さえ守られていれば、育成や上司の支援といった細部の約束を、わざわざ言葉にする必要はなかった。しかし、若い世代にとって長期雇用の価値が下がった今、見過ごされてきた細部の約束の不履行が、社員の意識の表面に浮かび上がってきている。

この研究を受けて本稿で考えたいのは、企業は何をすべきか、である。約束が暗黙のままでは機能しなくなった以上、企業に残された道は約束の言語化しかない。では、何を言語化するのか。私は、「意味・関係・成長」という3つの非金銭報酬だと考えている。

採用面接は、この3つの報酬を候補者に最初に約束する場である。入社後の1on1は、その約束を上司が確かめ直す場である。採用と育成が別々の部署によって、別々の言葉で語られている限り、この約束は守られない。採用と育成を一つの仕事として設計し直さなければならない理由が、ここにある。

「観察」と「賭ける」は、現場に残る

私は、仕事における意思決定を、4つのプロセスに分けて考えている。観察→分析→判断→賭ける(意思決定・実行)である。

プロセス中身AI時代の担い手
観察現場で、兆しや違和感、まだ数字にならない変化に気づく人
分析集めた情報を、構造化して比べるAI
判断選択肢の中から、根拠に基づいて選ぶAI
賭ける(意思決定・実行)根拠が揃わないまま決め、実行に移し、結果に責任を引き受ける人

意思決定の4つのプロセス

これまで企業が高い給与を払ってきたのは、真ん中の「分析」と「判断」を担う人材であった。その優秀な社員が担当してきた2つの業務が、AIの得意領域と正面から重なっている。

4つ目のプロセスを、単に「決定」と呼ばず「賭ける」と呼ぶのには理由がある。根拠が揃っているなら、判断の結果に従えばよい。それはAIにもできる。人に残るのは、根拠が揃わない状況で決め、実行に移し、結果に責任を引き受け、間違っていれば修正するという一連の行為である。採用も登用も、根拠が完全に揃うことはない。この人を採る、この人に任せるという決定は、常に賭けである。私が「非合理判断」と呼んできたのは、合理性の欠如ではない。この「合理性の外」で決める力のことである。

書類選考、研修の運営、人員計画の試算。HR 2.0の専門職が担ってきた仕事の多くは、「分析」と「判断」に該当する。

仕事HR 2.0 の担い手HR 3.0 の担い手
応募書類の整理、日程調整採用部門AI
候補者を観察し、採用を決める採用部門現場マネジャー
入社前に、仕事の意味・関係・成長を伝える採用部門現場マネジャー
研修の運営、受講の管理育成部門AI
一人ひとりの育成計画を作る担い手が不在マネジャーと本人(AIが下書きを作る)
異動と登用を決める人事部門マネジャーが決め、人事が全社で調整する
採用・配置・育成をつなぐ言語と仕組みを設計する担い手が不在人事

採用・配置・育成の仕事を、誰が担うか

人に残るのは、両端の「観察」と「賭ける」である。候補者や部下を観察する。根拠が揃わなくても「この人に賭ける」と決める。そして、意味・関係・成長を言葉にして伝える。私が3つの「非」(非認知能力・非合理判断・非金銭報酬)と呼んできたこれらの仕事は、部下を日々見ている現場のマネジャーにしか担えない。採用・配置・育成の実行は、人事の専門職から現場のマネジャーへと、徐々に移っていく。

ただし、それには条件がある。マネジャーの役割そのものを変えることだ。ATD26の会場でも、現場のマネジャーの多くが、十分な支援を受けないまま、その役に就いている、という指摘があった。HR 3.0における人事の仕事は、マネジャーが採用・配置・育成を一体で実行できるように、共通の言語と仕組みを設計することに移っていく。面接で見る項目、1on1で話す項目、登用で見る項目を、同じスキルの言葉でそろえる。面接で候補者に約束した内容を、配属先の上司に引き継ぐ。人事は、実行の担い手から、つなぎ目の設計者へと変わるのである。

本シリーズの問い

第1回で、人的資本経営の鍵は「スキル」にあると論じた。第2回ではHIを、第3回では3つの「非」を提示した。本稿では、そのスキルと3つの「非」が、採用・配置・育成を一つにつなぐ共通言語になることを示した。

問いはこうだ。あなたの会社は、米国が見直し始めたHR 2.0の分業を、これから完成させようとしていないか。

次回は、この統合の主体となるマネジャーの役割を、どう変えるのかを論じる。

参考文献

服部泰宏(2013)『日本企業の心理的契約 増補改訂版 ── 組織と従業員の見えざる約束』白桃書房

服部泰宏(2008)「日本企業における心理的契約の探索的研究:契約内容と履行状況,企業への信頼に対する影響」『組織科学』42巻2号、75–88頁

日本人材マネジメント協会(JSHRM)「【服部泰宏先生に聞く】会社と従業員の心理的契約」note、2021年6月11日公開

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この記事の執筆者

永島寛之

HR未来共創研究所 研究員(トイトイ合同会社代表社員) 

ソニー USA を経て、ニトリ HD で採用改革・組織改革を実現。CHRO として似鳥会長直下で 2030 年に向けた人材ポートフォリオの刷新、タレントマネジメントの視点での組織改革を指揮。その後、再生可能エネルギーを扱うレノバで執行役員 CHRO を経て、現在はトイトイ合同会社を設立。定着と活躍を前提とした採用プロセスとブランドの設計、戦略的配置転換の仕組み、人事制度の実効性向上施策など、次世代の組織づくりを個別で支援。顧問先は 15 社、年間講演数は 100 回を超える。